 |
|
|
|
 |
 |
 |
2001年4月、宮本は初めての海外駐在先である、ニューヨークに赴任した。
入社から10年、主に国内で製紙メーカーと印刷業界をつなぐ国内営業を経験してきた。それは経験がものをいう伝統的な商社ビジネスだった。丸紅は早くからチップ・パルプから製品(印刷用紙・産業用紙)までトータルに手がけ、商社としての紙パルプ事業では圧倒的な強さを誇っている。印刷用紙ビジネスも、製紙メーカーやその販社と安定した関係を構築している。しかし、時代は変わろうとしていた。携帯電話の普及で若者層の活字離れが進み、特に週間コミック誌や雑誌の売れ行きは減少。少子化傾向も消費減の要因となり製紙業界は困難に直面し始めていた。紙の自給自足国から輸出国として新たなマーケットを探す必要があった。
宮本が赴任したのは、丸紅がニューヨークに所有する販売会社だった。丸紅は約20年前から日本の印刷用紙を米国の大手印刷用紙卸商に供給している。扱っているのは主にカレンダーや広告などのカラー印刷に使われる高級コート紙。このビジネスを維持するだけなら、難しいことは何もない。ところが着任早々、宮本に与えられたミッションは、米国の出版社・印刷会社・流通業界を新たに開拓すること、その第1弾として、世界最大の出版社であるタイム社にアプローチすることだった。
「当時、米国の出版社や印刷会社には何の実績もありませんでした。それをいきなり出版最大手のタイム社に売り込めというのですから、最初はありえないと思いましたね」
一貫して国内ビジネスを担当してきた宮本は、ビジネス英語もおぼつかない。米国のビジネスも全く知らない。タイム社攻略など夢物語のように思えた。しかし、東京で輸出を担当する先輩から、
「どんなビジネスでも最初は何もないところからスタートするんだ。ゼロから構築するときの大変さはどれでも同じじゃないか」
と激励され、宮本は不安を抱えながらタイム社へのアプローチを開始した。 |
 |
|
 |
|
 |
|
|
 |
|