Person

ホームグランドはタイ国。
がむしゃらだった。ひたむきだった。
灼熱の空の下を駆け抜けた。

総合職
橋本 憲太朗
タイ電力工事事務所 所長
取材時:タイ電力工事事務所

社会に出て、やりたいことは決めていた。それは「発電所建設」。
誰かの役に立つと思ったから。

私は大学では理工学を専攻していたのですが、就職は専攻分野にこだわらず、まったくのゼロベースで考え始めました。自分は何にやりがいを感じられるのだろう。そう考え、たどり着いたのが、「誰かのために働きたい」という思いであり、「インフラ」というフィールドでした。しかも、「発電所を造る仕事」ならば自分の専攻を活かすこともできる。こうした軸の中で総合商社を最終的に選んだのは、発電所に関わる以外の業務も多くあり、人も多彩であることが決め手でした。そういった環境の方が、働くことを楽しめると思ったのです。

私が所属する海外電力プロジェクト第一部は、世界の発電所建設を担うセクション。タイ、ベトナム、ミャンマー、インドネシア、カンボジア、バングラデシュ、パキスタン、インドなど、主に新興国や開発途上国の発電所建設に関わっています。私は入社以来、現在に至るまでタイの発電所建設業務を担当しています。当社はEPC(Engineering, Procurement and Construction)プレーヤーとして、設計、調達、建設を一括して請負、下請けやコンソーシアムパートナーと協力し、建設プロジェクトを推進します。最近では、私がプロジェクトマネージャーとして関わった、タイ・ワンノイ発電所が完工し、タイ政府に引き渡しを行いました。費やした期間は3年。非常な困難に見舞われたプロジェクトであり、自分にとって大きな節目となる仕事となりました。

タイ・ワンノイ発電所建設。
洪水、労働者不足、そして4ヶ月の工事遅延…。


このプロジェクトのスタートは2010年のことでした。タイ政府からの発電所建設の競争入札の打診に対し、当社はドイツのメーカーとコンソーシアムを組み、参加を決定。入札に臨むにあたっては、約1年もの間、プロジェクトの詳細について、パートナーとの調整作業を行いました。その結果、2011年6月7日、落札。納期は落札の日から34ヶ月後の2014年4月7日と決定し、タイのワンノイでの建設が始まったのです。

私にとっては、初めてプロジェクトマネージャーとして参加する建設案件。重責と高揚が入り混じった気持ちで現場に立ったのを覚えています。しかし、予期せぬ事態は着工早々に起こりました。2011年のモンスーン期に起きたタイの大洪水です。連日のように日本でも報道されていたので覚えている方も多いかもしれません。そして、この災害を境に、労働者不足も常態化していきました。結果、工事は遅延。考えつく限りのことをがむしゃらに行いましたが、遅延は一向に止まりません。そして最大114日、約4ヶ月もの工事遅延を引き起こしてしまったのです。どうやって、この遅れを巻き返せばいいのか。精神的に追い詰められる中、窮地を脱することができたのは、多くの人からのサポートがあったから。

最大の課題である労働者不足は下請けへの依頼を止め、丸紅が直接人を雇うことで確保しました。また下請けのエンジニアリング会社の技術者にも助けられました。遅延は許されない状況の中、着実に、ミスなく建設を進めてくれたのは彼らです。最後のテストは30日間連続試運転。ここでトラブルが発生すれば、約束の納期には間に合いません。ただただ、祈るような気持ちでした。試運転、クリア。最大4ヶ月の遅れを取り戻し、2014年4月7日、約束の納期日ジャストにタイ政府に引き渡すことができたのです。達成感よりも、大きな安堵感でいっぱいでした。

プロジェクトマネージャーとしての意志と想い。
社会により大きなインパクトを与えたい。

タイ・ワンノイの発電所建設の経験は、私にとって大きなターニングポイントとなりました。周囲のサポートのありがたさ、大切さを身に沁みて感じた出来事でした。そして、同時にプロジェクトマネージャーに求められることも痛感しました。全体を調整するマネジメントスキルが必要なことは当然ですが、気持ちが何より重要だと感じたのです。どんなに工事が遅延しても絶対に諦めない、納期日まで必ず間に合わせる。そのプロジェクトマネージャーの「やらねばならない」という意志が、現場に波及していくのです。もちろん精神論だけではなく、密なコミュニケーションを取ることで的確にコントロールしていくことはプロジェクトマネージャーの責務。発電所建設は、規模も予算も大きく、関わる人間も多数にのぼり、一国のインフラを担うことから、それをマネージしていくプレッシャーは決して小さくありません。しかし、だからこそ、プロジェクトをまとめ上げ、タイの国に貢献できることは大きなやりがいだと思うのです。

私は、これから先、もっと大きな視点、広い視野で物事のマネジメントを行えるようになりたい。発電所建設のみならず、事業投資案件などの業務にも携わりマネジメントの幅を広げ、社会により大きなインパクトを与えられる人材に成長したいと考えています。
※内容は取材当時(海外電力プロジェクト第一部 海外電力プロジェクト第二チーム)

My Roots

サーフィンを通じて知った。世界は広く、そして面白い。

大学時代に最も打ち込んだことといえば、学業を除けばサーフィンです。大学〜大学院の6年間、時間があれば波に乗っていました。サーフィンは上達のステップがわかりやすいスポーツで、上達するにつれボードから見える景色が変わっていくことに感動したものです。仲間とビッグウェーブを求めてインドネシアのロンボク島に行ったことがあります。印象深かったのは、サーフィンに加えて、素朴な地元の方々との交流でした。世界は広く、面白い、だから将来は海外で仕事をしてみたいと率直に思ったのです。

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