Person

アフリカ・アンゴラ共和国。
内戦で傷ついたこの国の、
産業復興に挑む。

総合職
清水 佳斗
本社管理 経営企画部 総務第二課
取材時:プラント本部 産業プラント部
丸紅テクマテックス(株)出向

開発途上国の発展に寄与したい。
その思いを実現できる場が丸紅だった。

私が総合商社を志望したのは、全世界がビジネスフィールドであるという点です。そこには当然、新興国や開発途上国も含まれます。それらの国々の発展に寄与したいという、私の想いが叶えられるのが総合商社だと感じました。NGO団体や政府系組織でも、そうした活動は可能でしょうが、現地の人たちと対等な立場でビジネスを通して関わることで、真にその国の発展に貢献できると思ったのです。その最適な場として総合商社を志望しました。総合商社の中でも、当社の社員との面接が一番心地良く、相性が合う会社だと思いました。また、社員に会って感じたのは、多様な人がいるということ。一つのカラーに染まらない、自分のカラーを持っている人が多く、そこに個を尊重する風土を感じて入社を決めました。

現在の部署に配属されるまで、私はアフリカ・アンゴラ共和国のプロジェクトを担当していました。アンゴラは27年間も続いた内戦により、それまでの主要産業であった繊維産業をはじめ、各産業に大きな打撃を受けました。復興のための産業活性化は、2002年に内戦が終結してからの重要課題だったのです。そうした中、当社はアンゴラ国営繊維工場3カ所のリハビリ(既存建屋改修・最新工場設備納入・据付工事の請負)をアンゴラ政府に提案し受注。それが2009年のことで、それを機に私もプロジェクトに参加しました。内戦で傷ついたアンゴラの地域経済の発展とそれに伴う雇用創出を目指した、当社の新たな挑戦が始まったのです。

アンゴラの地に降り立ち、ワクワクしている自分がいた。
この国の成長に貢献したい、そう強く思った。


当時私は、本社サイドから全体を俯瞰的に見つつ、パートナーである丸紅テクマテックス、丸紅プロテックスと日々コミュニケーションを取りながら、融資スキームの組成、機械メーカーやゼネコンとの交渉、プロジェクト全体の計数管理など、多岐にわたる業務を担当していました。初めてアンゴラの地に降り立ったときの印象は忘れられません。内戦の傷跡は癒えていないものの、街中に活気がありワクワクしたのを覚えています。この国が成長していくことを肌感覚で確信しました。そのときの私のミッションは頭金回収及び融資契約に関するもの。プロジェクトに伴う資金調達は85%を日本の銀行団が融資、残り15%はアンゴラ政府自己資金というもので、その15%分の支払手続及び融資契約の進展を促すために現地に飛んだのです。交渉の相手は工業大臣。20代半ばの人間が一国の工業大臣と向き合って交渉する、その緊張感と責任感は大きなものがありました。しかし、そこにあったのがアフリカ的官僚主義の壁です。省庁が縦割りであり、一つひとつのプロセスに膨大な時間と手間がかかったのです。大切にしたのは、決して東京ペースにはならず、相手の考えを尊重する姿勢です。どう動き、どう話せば相手に響くか。それを模索しながら、状況が打開されたときは大きな安堵感と達成感がありました。この頭金回収・融資契約締結によって資金が確保できたことで、プロジェクトは繊維工場建設(プラント改修という名称ですが、ほぼ新設といえるものでした)に向けて、具体的に動き出したのですから。

その後着工に向けて、導入する機械の国内外のサプライヤーとの交渉もハードルが高いものがありました。通常は機械の売買のみでビジネスは成立していましたが、建設を含めた一大プロジェクトの中での売買契約であり、そこには通常と異なるリスクもあります。丁寧に説明し、理解・納得を求める粘り強い交渉を進めました。実際の建設に向けても課題は山積みでした。大量の人員が建設に従事することになりますから、現地での生活はどうするのか、安全・衛生管理はどうするのかなど、一つひとつの課題に向き合い解決していったのです。

アンゴラだけでは終わらせない。
開発途上国の人々の想いに、寄り添っていきたい。

プロジェクトは、全3工場が大きな事故・遅延も無く無事に完成し、操業に向けて現地オペレーターに向けたトレーニングプログラムも実施しました。今後繊維工場が本格稼働し雇用が創出されれば、そこに新たな街が生まれることになります。その確かな産業復興の姿を見届けたいと思っています。

一方で、アンゴラだけで終わらせるわけにはいきません。アンゴラのプロジェクトと並行して、サブサハラ諸国(アフリカサハラ砂漠以南の国々)での新規案件の開拓も進めました。主に西アフリカ諸国を対象にアプローチ、昨年コートジボワールで成約した案件があります。最初から調印まで主担当として推進した初めての案件だけに大きな達成感がありました。綿の輸出が盛んな国ですがその多くは原綿。より付加価値の高い商品供給のため設備導入を提案していく中、お客様が最初に望んだのが綿花を繊維と種に分離するジニング機の導入でした。この案件で信頼関係を築き、その後の工程の機械導入を促していくのが狙いです。相手の価値観を理解し信頼関係を構築していく、そのプロセスに仕事の大きな醍醐味を感じました。今後もアフリカをはじめ、開発途上国の発展に貢献するビジネスを手がけていきたいと考えています。そのやりがいの実感が、次に向かう私のモチベーションです。

My Roots

インドの女の子が言った、欲しいものは「Best Future」。それが私の原点。

高校の卒業旅行でNGOキャンプに参加し、ザンビアの奥地に滞在、大学時代は国際NGOサークルのワークキャンプでインド、スリランカに滞在しました。国際的な舞台で働きたい、開発途上国の発展に寄与するビジネスに携わりたいという気持ちの原点は、これらの経験がきっかけになっています。インドで小学1年生の女の子に「今、一番欲しいものは何?」と聞いたとき、彼女が一言、「Best Future」と答えたことは強く胸に響き、未だに心に残っています。そのことを思い出すと、彼女らのためにも仕事を頑張ろうと思います。

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