Person

決してスマートなんかじゃない。
泥臭いかもしれない。
でもそのやり方が自分流。

総合職
大塚 怜
ライフスタイル本部
ファッションアパレル部 リテール課
取材時:MARUBENI TEXTILE (SHANGHAI) CO.,LTD.

世界に影響を与え、世界に貢献したい。
一度きりの人生だから。

父親が商社マンであり、小さい頃からその背中を見て育ちました。ある時期から、将来は、父のように働きたいと、漠然とながらも思っていました。実際の就職に際して考えたのは、海外と関わる仕事をしたいということ。一度きりの人生なら、国内に留まらず多くのモノを見て触れたい。総合商社にはグローバルに活躍できるフィールドがあり、世界に影響を与え、貢献できると思い志望しました。丸紅に感じたのは人の優しさ。商社マンにはどこかガツガツした、あるいは体育会的なイメージがありましたが、丸紅の人は柔らかく温かい。そんな印象を受けました。

現在所属するセクションは、自ら希望したものです。理由は、元々ファッションに興味があったことと、商流のなかでも消費者に近い川下のビジネスに惹かれていたから。入社から一貫して取り組んでいるのが、「OEMビジネス」です。国内のアパレル業界の中で、製造から小売りまで一貫した販売業態を持つ企業があり、俗にSPAと呼ばれています。低価格で高品質の製品を提供することができ、広く支持されているブランドも少なくありません。現在、私は、あるSPA向けの衣料と服飾雑貨のOEMを担当しており、日々刺激的な毎日を送っています。

アジアの生産拠点で展開する「OEM」。
トラブルを乗り越え、商品が店頭に並んだ。


私たちの仕事は生産の受注を目指すことから始まります。シーズンごとに各社のコンペティションが行われるのが慣例。企画を具現化したサンプルを提案し価格を提示、ここで受注企業が決まります。受注後、中国、べトナム、カンボジアなどアジア各国の工場で生産が始まり、同時に生産・品質管理を進め、お客さまが要望する納期までに確実に商品を納入。さらにアフターケアに至るまで、商品の流れすべてをフォローします。しかし一連の流れの中にトラブルは付き物。それら課題の速やかな解決こそが、私たちの重要な役割といえます。

以前、私が担当していたカバンの生産で、品質トラブルが発生したことがありました。その生産拠点は、生産量を上げたいというお客さまのニーズに応えるために提案した工場。その生産能力は既存の工場の約3倍にものぼります。そこで起きた問題というのが色移りでした。私はすぐに、工場のある中国・深圳に飛び、対応を検討しました。色移りを抑えるにはどうすればいいか。周囲に協力をあおぎ、解決策を講じた結果、色止め剤をコーティングすることでお客さまには納得してもらい、問題をクリアしたのです。このように、お客さまのニーズを満たしつつ速やかにトラブルを解決していくことで、お客さまとの関係を強固にしていくことが、私たちのミッションといえます。この商品は、現在のセクションに着任後初めて受注した商品。トラブルを乗り越え、その商品が店頭に並んだときは感慨深いものがありました。

アジア各国を飛び回る日々。
最適な生産管理を実現するために。

工場の新規立ち上げは、この仕事の醍醐味の一つです。最近立ち上げた、中国のセーター工場も大きな手応えを感じた取り組みでした。工場の選択にあたって重要なことは、生産能力や設備以上に、経営者のマインドです。日本向け商品を生産するという意欲を持ち、私たちと同じ方向を向いて取り組んでくれるかどうか。今回の立ち上げでも、経営者が何を考え、私たちの提案をどう受け止めるかを見極めることが最大のポイントでした。大切なのは条件面だけでなく、自分たちの考えや想いを、熱意を持って伝えること。その熱意が伝わり、経営者が理解・納得を示したことで、セーター月産100万ピースの生産能力を持つ、工場の立ち上げが実現しました。生産は開始されたものの、何かしらのトラブルは日々起こります。それらにどう向き合い、お客さまと工場の間に立って最善の解決策を見出していくか。泥臭く地道な作業ですが、それを模索していくことが、この仕事の難しさであり魅力でもあると感じています。

現在、商品の品質をはじめとした生産管理のため、月の半分は海外の生産拠点を飛び回っています。今後の課題としては、モノ作りの中に深く入り込み、実際に生産現場でモノがどのように作られているか、その知見を蓄積していくこと。そのためにも現地に駐在して多くのことを吸収したいと思っています。将来は、新しい切り口で、世界にインパクトを与えるような新しいファッションアパレルビジネスを、自ら立ち上げたいと考えています。

My Roots

打ち込んだ。諦めなかった。バスケットボールに教えられた。

中学〜大学まで10年間続けてきたのがバスケットボール。一つのことに打ち込むことの面白さ、上達する難しさ、諦めないことの大切さを学び、その経験が今の自分の基本的な考え方や、スタンスを形成していると思います。大学時代、所属していたバスケットボールサークルが存続の危機に立たされたことがあります。サークルの運営に関して後輩とズレがあり、多くの退部者が生じる可能性があったのです。ただ、廃部を回避できたのは周囲との心を開いた密なコミュニケーションがあったから。今の仕事でも、周囲に相談し協働することを心がけています。

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